2013-09-01から1ヶ月間の記事一覧

私は又、「頭髪を無雑作に苅つた壮年の男が、両手をポケットに突込んだまま、都会の街路樹の下をうつむいてゆく、もしなれたらそういふものになりたい」といふことを、一生の念願とするより外に能のない、下らぬ人間である。(哀しき人々)

これは初期ノートのなかで心に残る箇所でした。これは喩なんですね。このイメージのなかに当時の吉本の心情や倫理や時代や宿命の感覚が凝縮されています。拾い上げてみると、まず「考えること」をしている、というイメージですね。「うつむいていく」という…

私は哀しき人々と題したが、何も私達三人が哀しき人々であると思つたのではない。人は誰でも幾許か、哀しき人々であるやうな気がしたのである。若し私の言ふことが間違つてゐると言ふのなら、その人は、君はどう言ふものになりたいかと訊ねられて何と答へるだらうか。(哀しき人々)

この哀しいという感覚は宿命にたいする感覚なんだとおもいます。自分で将来像を自由に決めているわけではない。各自の宿命というものが将来像に投影されているんだということです。おまけです 有名な小林秀雄の文章 「様々なる意匠」より 人は様々な可能性を…

もし、わたしに思想の方法があるとすれば、世のイデオローグたちが、体験的思想を捨てたり、秘匿したりすることで現実的「立場」を得たと信じているのにたいし、わたしが、それを捨てずに包括してきた、ということのなかにある。それは、必然的に世のイデオローグたちの思想的投機と、わたしの思想的寄与とを、あるばあいには無限遠点に遠ざけ、あるばあいには至近距離にちかづける。(過去についての自註)

この文章は具体的にいえば、たとえば戦争中に軍国少年として戦争を徹底的にやるべきだと信じていた過去の吉本自身というものを捨てたり隠したりしないということです。戦争に敗けて戦争中のイデオロギーは悪い軍部が国民を支配するために振り撒いたものだと…

かれらは、「立場」によつて揺れうごき、わたしは、現実によつてのみ揺れうごく。わたしが、とにかく無二の時代的な思想の根拠をじぶんのなかに感ずるとき、かれらは、死滅した「立場」の名にかわる。かれらがその「立場」を強調するとき、わたしは単独者に視える。しかし、勿論、わたしのほうが無形の組織者であり、無形の多数派であり、確乎たる「現実」そのものである。(過去についての自註)

この文章は若いころ読んだのですが、まだよく覚えています。これは吉本の社会思想の核心を余すところなく述べているとおもいます。とくに「無形の組織者であり、無形の多数派であり、確乎たる「現実」そのものである」という断言の迫力は無類の凝縮力をもっ…