2015-03-01から1ヶ月間の記事一覧

何故にすべての人間は個我の生産物を持ち得ないのか。そして何故に個我の生産物を創り出さうとするものは、僅かな余暇のみを利用せねばならないか。ぼくはこの理由を主として社会制度の馴致された構造に帰せしめる。そして極く僅かな理由を、人間が生存するために働かねばならない最小限度の与件に帰せしめる。(断想Ⅶ)

個我の生産物というのは、芸術のことといえると思います。しかし芸術というと生産活動の外にあるものという感じになります。しかし吉本のこの初期ノートの言いかたというのは、人間の生産活動というものをもっと拡大してとらえたい、そして芸術といわれてい…

芸術は場に開く花である。場のないところに芸術を開かうとしてゐる無数の青年たち。ぼくが君たちに与へうる唯一の助言は、君たちが自らのうちに場をつくりあげるまで、超人的な努力を傾注せよといふことである。さしたる才能なくして場の上に咲く花を余り問題にするな。(断想Ⅶ)

「場」というのはつまり文化的な土壌だと思います。そしてそれを支える経済社会的な土台です。ヨーロッパには日本とは比較にならない歴史的な学問や芸術文化の土壌があります。またそれを支えてきた経済社会の歴史的土台があります。たとえばニーチェがいて…

われわれは時代の不幸を時代にかへさなければならない。現代における人間精神の社会性は正しくこの使命を負つてゐる。且て個我の受けた傷手のうち、自我の負ふべきでなかつたものが如何に多くあつたか。(断想Ⅳ)

自分のこころというものを、ひとかたまりのものとしか思えないならば、つらいことが起こると自分を責めるしかないわけです。あるいは自分がただ耐えるしかない。ひとかたまりだと思えば、外側の世界とひとかたまりの自分しかないんだから、つらい状態は世界…

現代における人間の生存は、何も結果を生まない。且て自らの自我が産み出すものを信じて、それに殉じた無数の芸術家たち。その幸せな時代は過ぎ去つてかへらない。今日では自我はそれをとりまく環境のやうに稀薄だ。そしてまるで商品のやうに均一な精神の生産物を生み出すにすぎない。(断想Ⅳ)

吉本がこのノートを書いてから65年くらい経つわけですが、環境のように希薄だと書いた自我の問題はもっともっと進展したといえます。かんたんに言えば誰もかれもが同じような生活をするようになったということです。すると誰もかれもの無意識も似通ってくる…