2014-06-01から1ヶ月間の記事一覧

戦後世代の特質はそれが極めて倫理的であるといふことである。すべての混乱期における思想は、倫理的な形体を持つ。しかも倫理性はこの場合しばしば反倫理の形で表出される。世に戦後世代は背徳の典型の如く語られてゐるが、これは激しい倫理性を看過してゐるにすぎない。(〈少年と少女へのノート〉)

吉本は戦中世代、または戦中派ということができる。戦後世代というのは吉本より若い世代で戦争を青年期に経験していない世代といえると思います。生まれたのは戦中でもまだ子供であって、人格形成のポイントが戦後社会にあるという世代です。作家でいうと大…

現実を発見すること。救ひようもない程昇華した観念から下りてゆかねばならない。困難で忍耐の要ることだが、僕はそれにより思考の鍛化を遂行することになる。(〈少年と少女へのノート〉)

観念から現実に降りていくということが痛切に必要とされるということは、現実の変化が観念を崩壊させていることに気づくからでしょう。吉本は常に現実の事象から、これまでの観念ではとられきれないものに気づき、それを解明するために自分自身の観念崩壊の…

街々は亡霊でいつぱいだ。空は花びらのやうな亡霊の足跡でひかつてゐる。僕はひわ色の斜光の充ちた窓のうちがはにかへる。誰よりも寂かに、不安を凝固させようとして……。(夕ぐれと夜との独白)

こういう文章はリルケの作品の影響を受けていると思います。まあ言ってみれば真似してるわけです。リルケの文章をなぜ若い吉本が気に入ったのかを推測すると、病的な暗い感受性を抱えて、しかしそれでも社会に対する思考というものを手放さないところじゃな…

歌が沈む。少年の日、僕は何をしてゐただらう。街の片隅で。はつきりと幼ない孤独を思ひ起こすことが出来る。執念ある世界のやうに少年たちの間では事件があつた。(夕ぐれと夜との独白)

吉本は自分の体験から思想的な枝葉を伸ばしていく人です。きわめて抽象的な論理の展開にも体験的な感性や記憶がみっしりと裏打ちしている感じです。その自己体験を再現し論理化し普遍化しようとするひたむきさが、吉本に「チョッキ」を着せなかったともいえ…