2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「わたしは決して眠りたいとは思はない。限りない覚醒を欲する。わたしが覚めきったまま、わたしの死をむかへる、そのやうな一種の凄愴(せいそう)な光景を思いうかべる」(断想Ⅵ)

これは醒めていたい、ということを言っているわけです。醒めるというのは、言い換えれば対象と一体化したり、対象に包み込まれたりしないで、対象を突き放して認識する精神の態度です。それは西欧的な学問・思想・科学の態度と言えます。その果てに、自分の…

「信仰といふのは一種の収斂性。精神の収斂感覚である。人は信仰によって何を得るか。ひとつの不均衡である」(断想Ⅵ)

これも吉本自身の戦争中の信仰体験が回想されているのだと思います。死と取り替えられるかという、ぎりぎりの一点に収斂して問い詰められたところに生き神様としての天皇への信仰があらわれた体験です。 吉本は「一言芳談抄」という日本の中世の有名無名の宗…

「思考操作の可鍛性について。極めて精密に、極めて展性的に、行ふこと」(形而上学ニツイテノNOTE)

可鍛性というのは鍛えることができるということです。展性的というのは伸び広がっていくということでしょう。考えるということは鍛えることができる。極めて精密に伸び広がるように考えるようにしようと自分に言っているわけです。 考えることは人間の人間的…

「一つの立場はそれを深く鍛化することによって多くの立場に変ずる」(形而上学ニツイテノNOTE)

吉本の思考の体操に即して言えば、例えば「原子力発電所の建設に賛成か反対か」という問題があるとします。第一型の思考の浸透によって考えるならば、原発の安全性とはいかなるものかを調べることになるでしょう。それは核という人類が発明したエネルギーに…