僕は恐らく、歴史的現実の諸相を、喜怒哀楽に翻訳するところの機能を精神のうちに持つてゐるのだ。名付けようもない苦悩が、暗い陰のやうに、僕以外の原因からやつてくると、僕はそれに対し、何人も僕に教へることのなかつた種類の、一つの対決を用意せざるを得ないのだ。正しく斯かる種類の対決を且て如何なる思想かも人間に対して残してはゐなかつた。(原理の照明)

歴史的な現実が引き起こした事件、たとえばサリン事件を自分自身の内面の情緒のありように翻訳するということを言っています。サリン事件は吉本に関わらないところで実行され、吉本も事件に巻き込まれたわけではない、しかしその事件は吉本の情緒に暗い陰を与えます。サリン事件に限らず社会の現実が生み出すものと自分の秘めたる内面の関係を解き明かす、それが吉本の批評の方法だと思います。