かれらは、「立場」によつて揺れうごき、わたしは、現実によつてのみ揺れうごく。わたしが、とにかく無二の時代的な思想の根拠をじぶんのなかに感ずるとき、かれらは、死滅した「立場」の名にかわる。かれらがその「立場」を強調するとき、わたしは単独者に視える。しかし、勿論、わたしのほうが無形の組織者であり、無形の多数派であり、確乎たる「現実」そのものである。(過去についての自註)

この文章は若いころ読んだのですが、まだよく覚えています。これは吉本の社会思想の核心を余すところなく述べているとおもいます。とくに「無形の組織者であり、無形の多数派であり、確乎たる「現実」そのものである」という断言の迫力は無類の凝縮力をもっていて「詩」になっているとおもいます。ここには吉本が追求してきた「転向」とか「大衆」とか「知識人」とか「たたかい」ということがすべて込められていると思います。

おまけです。
「対幻想」まえがきより       吉本隆明・(聞き手)芹沢俊介
「恋愛は論じるものではなく、するものだ。とおなじように性にまつわる事柄は、論じられるまえに、されてしまっていることだ。またこれらをみな対幻想の領域として包括させるとすれば、それについて考察することは、それについて行動することよりも、いつも劣っているとみなされる唯一の人間的な領域といえよう。これが対幻想にまつわる世上の論議を、大なり小なり歯ぎれ悪くしている理由だとおもえる。まったくおなじ理由で、性をめぐる歯ぎれのよさそうな論議が、どれもうさんくさくみえるのはそのためにちがいない」