2016-05-01から1ヶ月間の記事一覧

或日私の家を訪れた女の人は、随分お喋りであつた。ほゝけたやうな私の顔を見て、何かしきりにお世辞を言つた。もう四十年以上もこの世に生活してゐて、私を軽んじたやうな眼付きをして眠つたやうな美言を吐いた人よ。私は何も言はないけれど、私を心のどこかで馬鹿にしてゐる人が、この世に絶えない間は、私は生甲斐があると思つた。(無方針、○女の人)

この文章は吉本が米沢工業高校時代に友人たちと作った同人雑誌に載せたものだそうで、1943年に書いたものだというからまだ19歳くらいでしょう。吉本が紛失したその同人誌を川上春雄という人が根気よく探し出して「初期ノート」を編集したということで…

「彼奴は利己主義だ」などと他人を非難する声があつたとする。この場合本当の利己主義は非難する側にあることを私は殆ど請合つてもよい。よくそんな非難をするくせのある人は、勤労奉仕をする前に、坐禅でも組むべきだと私は思つてゐる。(無方針、○利己主義)

これも19歳の若造の吉本の文章ですね。勤労奉仕という言葉に戦争中の風俗があらわれています。人を利己主義でもいいし、不道徳でもいいし、卑怯者でもいいけど、責める人はあんたのほうが利己主義なんじゃないの、ということを言っています。そういう人は…

我々が存在から普遍性を抽出することは正当であるが、その普遍性は何ら有用なものではなくて、唯存在の確認といふ意味を持ち得るのみであると思はれたのである。これは言はば、論理に心理性を持たせるための基礎的な確信であつたと言へる。(〈老人と少女のゐる説話〉Ⅵ)

有用なものではない普遍性というのは、言い換えれば「無償」ということだと思います。「有用性」は何かの役に立つこと、「無償性」はなんの役にも立たないことです。「普遍性」というのは世界中の誰でも納得する正しさです。自然を相手にしても社会を相手に…

夕暗が訪れてきた。台場に二つ、O海岸に数個、船のマストや腹に、灯がつきだした。僕の意想は徐々に暗さを加へてきた。(〈老人と少女のゐる説話〉Ⅵ)

これは吉本の過ごした佃島のあたりの光景でしょう。海があって、夕暮れがくる。誰にもふるさとがあって、その情景がこころの奥のイメージを決定づけているといえるんでしょう。わたしは文京区の山の手と下町の中間のような町に育ち、文京区特有の東大から漂…