2011-03-01から1ヶ月間の記事一覧

刻々と嵐の予感がやつて来る。どうなるのだらう。街々は勇ましいひと達と、虐げられて生きる元気もなくしたひと達と、アルダンの可笑しな兵士たちとでいつぱいだ。思想家は全くさびしく姿を消した。作家は貧困のため堕落した自嘲を、毎月の雑誌に書きなぐる。誰が、芸術や人間の魂について正しく語れるだらう。もう、ひとりの先達もゐなくなつた。奥深い静寂について、又茫漠たる海について、あきらかに今沈まうとする人類の寂しい夕暮について、あの不気味な地平線の色について誰が僕といつしよに考へてくれるか。(エリアンの感想の断片)

アルダンというのはアメリカのことです。エリアンというのは吉本自身のことで、これは自分自身と自分の現実をもとにした創作の文章です。しかしこの断片に関する限り吉本の敗戦当時の現実への感想そのものと考えていいと思います。この文章の中心は「もう、…

僕は空虚をもつてゐる。僕の思考はすべてこの空虚を充すことに費されてしまつたのではあるまいか。あの正号から出発してゆく幸せなひとたち。僕は先づ負号を充たしてから出発する。意識における劣等性はつねに斯くの如きものだ。(エリアンの感想の断片)

負号というのは自分自身に対する懐疑なんだと思います。自己矛盾を持たず自己をほがらかに肯定して即座に社会に対する考察や行動に入る幸せなひとたちと異なり、まず自分自身の中に存在する矛盾や自己嫌悪から取り組まなければならない。そういっているのだ…

あの遠くの家へ還つてしまひそうな貧しい少年や少女たち。僕はほんの短いノートを君達のために用意してあるのだ。幸せで富んだヨーロッパの少年や少女たちの精神の内面の出来事についての物語は、君達を慰めるかも知れない。けれど、これは大切なことだが、君達は慰めによつて生きてゆくのではなく、君達の創造によつて生きてゆくのだ。そしてこの国の貧しさや立ち遅れは、君達の創造を歪めたり湿らせたりするし、君達は精神の内面よりも、外面のことで多くの創造をしなければならないかも知れない。これが君達の不幸であるのかどうか、知らないのだ

東北と関東に大地震が起こり、その報道を聞きながらこの解説を書いています。この地震がこれからもどう進行するかわからない状況にありポルソナーレのゼミが成立するのかもまだ不明です。この地震に接して頭から離れない疑問を正直に書くと、この地震は本当…

そして秘やかな夜が来た。勿論、三月の外気は少し荒いけれど、それはあたかも精神の外の出来事のやうだ。夜は精神の内側を滑つてくる。甍(いらか)のつづき。白いモルタルの色。あゝ病ひははやく癒えないだらうか。僕は言ひきかせる。〈精神を仕事に従はせること。〉(夕ぐれと夜との独白)

あまり考えることに執着すると、五感覚的な把握が遠ざかり離人症に似た状態になります。頭で考えることは周囲の感覚的なことを相対的に離れることの上に成り立つからです。だからそれは息をつめることに生理的になるんでしょう。それを吉本は病といっている…