2011-03-26から1日間の記事一覧

刻々と嵐の予感がやつて来る。どうなるのだらう。街々は勇ましいひと達と、虐げられて生きる元気もなくしたひと達と、アルダンの可笑しな兵士たちとでいつぱいだ。思想家は全くさびしく姿を消した。作家は貧困のため堕落した自嘲を、毎月の雑誌に書きなぐる。誰が、芸術や人間の魂について正しく語れるだらう。もう、ひとりの先達もゐなくなつた。奥深い静寂について、又茫漠たる海について、あきらかに今沈まうとする人類の寂しい夕暮について、あの不気味な地平線の色について誰が僕といつしよに考へてくれるか。(エリアンの感想の断片)

アルダンというのはアメリカのことです。エリアンというのは吉本自身のことで、これは自分自身と自分の現実をもとにした創作の文章です。しかしこの断片に関する限り吉本の敗戦当時の現実への感想そのものと考えていいと思います。この文章の中心は「もう、…

僕は空虚をもつてゐる。僕の思考はすべてこの空虚を充すことに費されてしまつたのではあるまいか。あの正号から出発してゆく幸せなひとたち。僕は先づ負号を充たしてから出発する。意識における劣等性はつねに斯くの如きものだ。(エリアンの感想の断片)

負号というのは自分自身に対する懐疑なんだと思います。自己矛盾を持たず自己をほがらかに肯定して即座に社会に対する考察や行動に入る幸せなひとたちと異なり、まず自分自身の中に存在する矛盾や自己嫌悪から取り組まなければならない。そういっているのだ…