戦後世代の特質はそれが極めて倫理的であるといふことである。すべての混乱期における思想は、倫理的な形体を持つ。しかも倫理性はこの場合しばしば反倫理の形で表出される。世に戦後世代は背徳の典型の如く語られてゐるが、これは激しい倫理性を看過してゐるにすぎない。(〈少年と少女へのノート〉)

吉本は戦中世代、または戦中派ということができる。戦後世代というのは吉本より若い世代で戦争を青年期に経験していない世代といえると思います。生まれたのは戦中でもまだ子供であって、人格形成のポイントが戦後社会にあるという世代です。作家でいうと大江健三郎とか石原慎太郎開高健などで、それまでの戦後に登場した作家が戦争体験、あるいは敗戦直後の体験をもとに作品を作ってきたのに対して、大江や石原やそれより前に出てきた「第3の新人」と呼ばれた安岡章太郎とか吉行淳之介のような作家の作品は、戦争体験から切れた時代の感性をもとに作られていたと思います。それをどう評価するかという問題が戦後の文芸批評の問題としてあったわけです。
吉本と同世代の戦中派からすればそれらの新世代の文学は苦々しいものだと感じられることもあったはずです。自分たちが戦中戦後にさんざん悩んだ問題がここにはかけらもないではないか、戦争体験を経て社会思想が大切だと感じ、一生懸命考えてきた社会観というものを、こいつらはまるで無視して狭い家族や男女関係の世界だけを取り上げているではないか、という反感をもつ人も多かったわけでしょう。そんななかで私がやはり吉本がすごいなと思うのは、戦後世代は戦中世代からは倫理性に背を向けているようにみえるが、実はきわめて倫理的であると洞察していることです。ただその倫理性はそれまでの戦争期や戦後に出てきた感性や思想への反発や不信感から出てきている。だから反倫理というみかけをもつけれど、本当は新しい時代性を感じて新しい倫理性を見出そうとしている真剣なものだ見抜いていると思います。
吉本が批評家になって戦後世代の文学について書いているのを読むと、戦後十年という時代になってとうとう独占資本の支配体制が生み出されたと述べています。生産設備が大量に破壊された戦争期や敗戦期は過ぎ去り、もはや飽和した独占体制が確立した時代となったという状況認識があります。そこでもはや通用しなくなった戦争期や敗戦期の観念の崩壊が起こっているといっています。それは天皇制の観念だけでなく戦後の共産党を至上とする左翼の観念も崩壊していくということです。その観念崩壊のドラマを鋭敏に感受して作品を作っているのが大江健三郎石原慎太郎の世代の若い作家だという指摘をしています。その時代性を感受できない連中は、崩壊しつつある観念の上に立って新世代の文学をけなしているというわけです。そしてそういう新世代への肯定的な認識のうえで大江や石原への批判もおこなっています。
吉本は若い世代を理解することは同世代や前世代を理解するよりずっと難しいと述べています。「今どきの若いものは」という大昔からある批判のしかたはダメだといっています。そして吉本は自分より若い世代の文学を理解しようとする優れた批評をおこなってきました。吉本が荒川洋治などの戦後世代の詩人たちを論じた「戦後詩史論」(思潮社)のなかの「修辞的な現在」という章がありますが、これは後書きに「ほとんどあぶら汗を流すように書き上げた」と書かれていて、それが若い世代を理解する困難さに挑戦する吉本のありかたを伝えていました。それから「日本語のゆくえ」(光文社)のなかの「若い詩人たちの詩」にもさらに新しい現在の詩人たちの詩への批評があって、「いまの若い人たちの詩は無だ」という言葉が心に残っています。若い世代の表現を理解するということは、現在の社会を理解するということだから吉本は真剣にならざるをえないのでしょう。しかしそれは現在までの吉本自身を形成している観念が現実に対して崩壊しているということに気づき認めるという困難さを通過していかなければならない作業でもあります。それが(あぶら汗)を吉本に流させる。古いじつはすでに崩壊し始めている観念のうえにあぐらをかいて、若い作家に(理解をしめす)とか(先輩として忠告をする)という上から目線の関わりかたではないわけです。吉本が村上春樹村上龍高橋源一郎といった小説家や、糸井重里遠藤みちろうビートたけしなどのサブカルチャーの旗手たちを、旧世代の反感をまねきながら高く評価したのは、吉本の現在を解明しようとするあぶら汗を流すような研鑽の成果だったと思います。
さて「母型論」の解説をさせていただきます。「母型論」の解説していない部分をふたつに分けて「贈与論」と「定義論Ⅰ・Ⅱ」を贈与価値の問題を追及したものとして、残りの「起源論」「脱音現象論」「原了解論」を乳幼児の言語の獲得と人類の言語の獲得の段階との関連性を追求するものとして分けてみました。贈与価値あるいは無形の価値の問題はまだまだ奥行きがあるわけですが、ここで「母型論」の解説をひととおり終わらせるために最後の残りの部分の解説に移りたいと思います。
まず「母型論」の「起源論」の解説から入ります。「起源論」はだいたいどういうことを追求しているかをおおざっぱに把握してみたいと思います。起源というのは言語の起源ということです。人間にとっての言語の起源は乳幼児の「あわわ言葉」に始まります。「あわわ言葉」というのは言語を話す前に乳幼児が発する「アワワ」とか「アババ」とかの発語です。これは親などが乳幼児に向かっていい、それを真似して乳幼児が発するものです。この「あわわ言葉」は最初は授乳する母親と乳幼児との間のコミュニケーション(内コミュニケーション)として成り立っています。この「あわわ言葉」が分節化されることで乳幼児は言葉を獲得していくわけですが、吉本は「あわわ言葉」を言語のなかに入れて考えようとしています。
「あわわ言葉」から言語に移る最初の段階は「母音」です。そして「母音」から、その乳幼児が産み落とされた時代と地域に応じた民族語の言語を獲得していくわけです。しかし「母音」の段階ではあらゆる民族に共通する言語を発しているのだと吉本は指摘します。「母音」にも3母音とか5母音とか民族語によって異なる母音がみられます。しかしもっとも基本的な3母音(a・i・u)を考えれば、そこでは世界普遍性が考えられるということになります。その根拠はあらゆる時代と民族に共通する人類の身体構造の共通性にあります。ここが「起源論」の重要な箇所で、乳幼児の言語発達と人類の言語発達を関連させる結び目となるわけです。
ここから人類の言語発達の問題として角田忠信博士の「日本人の脳」の研究の成果である日本人とポリネシア人だけが母音を左脳優位の側で聴くという問題を吉本は取り上げていきます。角田忠信の解明した「母音をそのまま意味のある言語として左脳(言語脳)で聴く」ということは自然現象、たとえば山や河や風の音や水の流れの音などを言語として聴くということだと吉本は述べています。それは自然現象を擬人化あるいは擬神化していることになります。このことの背景には「あわわ言葉」が乳幼児と授乳する母親との「内コミュニケーション」であるという事情が関与しているわけです。つまり「あわわ言葉」が内コミュニケーションであったように、次の段階の「母音」の発語の段階でも内コミュニケーションの名残りは存在するということだと私は考えます。すると自然音はあるいは自然は、内コミュニケーションとして語りかけてくるわけでしょう。
「母音」の次の段階は「子音」を含んで言語が分節化していく段階です。ここで言語は世界共通性を失い各民族語に分化していくわけです。そしてもちろんより多様で複雑なものごとや心情を表現できるようになります。この言語の分節化を考えると不可解な現象があります。それは何故ある種族や民族の言語の分節化はある段階で停滞し、別の種族や民族の言語の分節化はもっと先の分節化に向かって発達していくのかという現象です。この分節化のひとつとして「摩擦音」の問題を吉本は取り上げます。ローマン・ヤコブソンの研究では、東南アジア、オセアニア、オーストラリア、タスマニアメラネシアポリネシア、アフリカ、南アフリカなどでは摩擦音がみられないとしています。なぜこれらの地域では摩擦音の段階へと分節化が発達しないで停滞しているのか。吉本はこの問題をこれらの地域が文明や人種が未開のために言語の発達も停滞したのだという通俗的な認識に陥ってはならないと述べています。この問題はいまだ確定した科学的な回答がない。しかし吉本は自分の推定を述べています。それはこれらの地域では自然そのものが生命の存続にとって本質的に温和で好ましい食料、住居、着衣の条件をもっている。つまり温帯、熱帯であるから自然の恵みが豊かなわけです。したがって未開の自然を加工する必要がほとんどない状態が永続した。そのことを言語の発達と関連付ければ、「「あわわ言葉」の言語化も自然の音声とおなじ位相で永続的におかれ、自然の音声も人間の行為の遅延としての言葉とおなじ位相におかれる状態を、永続的な言語化の外的条件におくことができた」(吉本隆明)ということになります。インド大陸からヨーロッパ半島にかけての地域がきびしい自然条件におかれ、自然の加工を強いられるために言語の分節化が発達したのとそれは対照的なことになります。
このことを吉本は角田忠信の研究成果をいわば歴史段階的に展開した考察とて展開しています。つまり乳幼児の言語発達をもとに考えて、言語が内コミュニケーションだけの段階から「あわわ言葉」による内コミュニケーションへ、そして「母音」へ、それから言語の分節化へと移行していくなかで、単に民族語によってさまざまに分節化されるというだけでなく、分節化の段階が停滞するか発達するかという差異が地域的にうまれるという問題がある。吉本の考えでは角田忠信が確定した旧日本語族とポリネシア語族だけが母音を左脳優位で聴くという現象は、それらの地域の言語の分節化がもっとも古い段階で停滞している、あるいは停滞を保存している部分があるということを意味しているのではないかということです。
ここから吉本の「起源論」は現存しているもっとも古い日本語表記である「古事記」の分析に移ります。「古事記」にあらわれている日本語に自然音と人間の音声を同じ水準でとらえている記述を具体的に検証していきます。
さてここまででも「起源論」の半分くらいの解説です。残りの部分はC・G・ターナーの論文をもとにおいて「歯」による日本人とは何かの考察になります。さらに「ATLウイルス細胞」の分布についての日沼頼夫の研究をもとにして、日本人の起源の問題を考察しています。最後に琉球語と東北語の共通の特性という問題を取り上げて旧日本語の問題を考察します。「起源論」は世界的な言語の発達と停滞という問題から日本語の初源の問題を解明しようとしているといえます。あとはまた次回で。みなさん暑くなるので脱水症状には気をつけてください。