若し僕たちが幼い時のままの感受性に加へるに論理的な綜合力と分析力とを保続しようとするならば、日課として幾つかの思考の体操の基本型をくりかへせばよいことになる。人間はしばしば自らの理解力や知力が齢とともに増進すると信じてゐるようだが、それは明らかに錯覚であると考へられる。(〈思考の体操の基本的な型について〉)

ここで吉本が思考の体操としているものは3つあって、①思考の浸透と拡散を同時に行使する演習②抽象されたものを更に抽象化する演習③感情を論理化する演習 論理を感情に再現する演習、です。このなかで思考の浸透と拡散というのがわかりにくいと思いますが、思考の浸透というのはひとつの現象をどんどん考えていくことだと思います。思考の拡散というのは、どんどん考えていった結果、その現象だけでなく、他の現象にも同じ問題が存在することを知って、違う主題にも考えが移っていくことだと思います。吉本は「女性の美しさ」という現象を例にあげています。女性の美しさについてどんどん考えていくと、その美しさはどこからくるのかということを考えるようになる。それは精神からくるのか、生理からくるのか。そのときに、精神から美しさがくると考えても、ほかの現象にあてはめて考えることができるし、生理から美しさがくると考えても、ほかの現象に考えを広げることができる。そのようにある現象に対して考えることは、あらゆる現象について考えることに広げることができる、というのが思考の浸透と拡散という意味だと思います。
ここで吉本は論理というものの要素を分解して取り上げているわけですが、面白いのは論理的に考える体操ということを言っていることです。これはドライな言いかたですが、べつに吉本がものを考えることを体操のようなものだと言っているわけではありません。ものを考えることは情念とか愛憎とか後悔とか不安とか、そういう情動とともに考えていくものでもあります。ひとかどの思想が形成されるというような場合には、考えることはこころの闇をかいくぐるような体験をへていくことになるでしょう。しかし考えることのなかから論理だけを取り出せば、それは非常に左脳的というか、数学的というか、メカニカルなものといえるかもしれません。そして考えることが、情緒、情動、感情、感傷にひきづられて、メカニカルな論理の建築物を作ることが苦手であるというのが、われらアジアの民の特色だといえます。
だからここで吉本が言っているのは、論理というのはメカニカルなもので体操として鍛えることができるものだということです。そしてそういうことが苦手な風土では、たえず論理を意識して論理化の訓練をすることで論理性を習慣と化すしかないということのように思います。
では、いつものように吉本の「うつ」理解に移らせていただきます。「心的現象論本論」の「<うつ>関係の拡張」という章をネタ本にして解説してきましたが、吉本は「うつ」を自己の自己に対する関係の異常とみなしています。そして、自己の自己に対する関係というものを、「内的意識としての自己」と、「表現的な自己」の関係として考えているわけです。
人間は感覚器官が外界に向かって開いていて、感覚器官を通して外界を感知します。また身体の内臓諸器官があって、そこから湧きあがり伝達されてくるものがあります。大きくいえばこの二つの経路でやってきたものが織物にようになって人間の内的意識を作る、と吉本はみなしていると思います。そこで内的意識というのは、ひらたくいえば人間の「こころ」というようなことではないでしょうか。そういう意味では人間は人間となって以来、いや人間になる以前の動物の段階から内的意識、「こころ」をもっているといえると思います。その「こころ」から長い長い時間をへて言葉が生まれてきます。言葉が生まれてきて、「表現的自己」が生まれると考えられます。すると人間は、人間だけが「内的意識」と「表現的自己」の二重性をもつということになります。いわばこころと言葉の二重性をもつわけです。
「うつ」がこの二重性の異常としてあらわれるという吉本の見解が、どこまで独創的なものであるのか私は無知でわかりません。しかしこの発想が言葉の表現に固執し、さまざまな体験をへてきた吉本が、自分の言語体験をもとにして築いたものだということは分かります。たとえば吉本は敗戦をへた後で、「紙の上に書かれた言葉を信じない」という感慨をもらしています。敗戦という内的意識を襲う激しい体験を通過したのに、なぜ戦後に発表された言葉たちにはその深い断絶が感じられないものが多いのか。なぜ敗戦以前と同じような言葉が何もなかったように続いていくのか。なぜ衣装を変えただけのような言葉の変節が、軍国主義から民主主義へというようにまかり通るのか。それは結局、表現された言葉が内的意識との深刻な「反すう」をへないで吐き出されるからだということになります。「表現的自己」が「内的意識」と深い「反すう」を繰り返している状態は「沈黙」です。だから「沈黙」は言語がゼロの状態ではなく、「表現的自己」が「内的意識」のすべてを汲み取ろうと活動している状態だと考えられます。
しかし人間は深い「沈黙」をへないでも言葉を吐き出すことができます。たとえば、とうとうと自分の意見を主張し、とくとくと自分の知識をひけらかしている人が、ちょっとした批判で逆上し感情的に批判した相手を攻撃する、というようなことをネットなどではよくみかけます。傍観している人間には、それほど感情的になる理由が見当たらないのに。それはその人のいっけん申し分ないようにみえる「表現的自己」が、かすり傷程度の「内的意識」の動揺を汲み上げることもできないほど隔絶したところで構築されたものだということになるでしょう。いわゆる「キレやすい」ということは、その人の「表現的自己」が「内的意識」との交流、反すう、反省、といったものをあまりへないで作られたからだと言えるような気がします。
聞いた話ですが、ある姉妹がいて、そのお姉さんがうつ病でさかんに妹を責めて、「あんたは誰かにそそのかされて私をだまそうとしている」というようなことを言い続けた。とうとうガマンの限界にきた妹は、泣きながら私をそんなに信じられないなら姉妹の縁を切ると言ったそうです。その時に、うつ病の姉は妹の涙を見ながら「もしかしたら私のいうことが妄想で、あんたのいうことが本当なのかもしれない」と言ったということです。この時、姉の内的意識から隔離されて分厚いヨロイのようになっていた表現的自己に亀裂が走り、内的意識の衝撃を表現的な自己に汲みあげようという通路が開いたといえると思います。
禅宗の言葉に「不立文字」というのがあります。若いころ禅寺で座禅をした時に、吉本の言いかたでいえば表現的自己を離れる体操、演習を繰り返していたといえます。「サトリ」というものには達しなかったんですが、「表現的自己」というものと「内的意識」というものの二重性については禅宗はよく考えてきた宗教だと思います。
もうひとつ吉本の「うつ」理解をたどりながら興味深かったことは、他者との関係、あるいは他者を受け入れることと、表現的自己と内的意識というものとの関係です。他者というものは、どのようにして登場するか。表現的自己と内的意識の二重性というものが人間だけにあるものなら、それは「人間的意識」と呼ぶことができます。人間が他者を他者として受け止めるということは、他者の人間的意識を受け止めるということになります。人間的な意識が生まれる以前にも人間になる前の動物である人間の祖先はいたわけです。しかし人間にはなっていないわけだから、この祖先は動物的意識の状態にあります。では動物的意識における他者、あるいは他の同種の動物はどんな存在なのか。それは動物的な本能に限定された性的な対象であったり愛着の対象であったりするのでしょう。しかし人間的意識をもった者同士の他者の認識というものではないわけです。では人間的意識をもった者同士の他者の認識とは何か。それは他者の認識の以前に、自己の自己に対する意識がある、ということです。
「言語にとって美とはなにか」にこういう文章があります。
「人間的意識の自己表出は、そのまま自己意識への反作用であり、それはまた他の人間との人間的意識の関係づけである」(「言語にとって美とはなにか」第1章「言語の本質」より)
これは表現的自己の内的意識への反作用、相互の交流、反すう、という意味にとれると思います。つまり他者が感覚や本能的欲望や恐怖という対象としてのみの他者ではなく、同じ人間的意識をもつ他者である、ということがわかるためには、自己表出された表現的自己が、それを生み出した内的意識との反すうが前提としてあるということになります。それが他者の登場です。
他者について社会についてとうとうと語ることはできるし、アタマもけして悪くはないのに、コイツには他人というものを自分のことのように感じたり考えたりすることができないんじゃなかろうか?と思わせる人物というのはいると思います。あるいは仲間内とか同じ民族、同じ宗派の人間は他者として扱えるのに、その外側の人間は人間的意識をもった他者として受け止めることができない、ということもありえます。結局、そういう他者の不在とか限定とかは、「深さ」がないんだとか「人間力」がないんだという吉本の言葉につながる気がします。「深さ」というのはなんなんだといえば、表現的自己として築いた自己を、インテリさんならば多くの知識で拡大した自己を、どれだけ「こころ」である内的意識と反すうさせてきたかということであろうと思います。あるいは「人間力」というのも同様で、表現的自己が知的であるか否か、でも見聞や体験が豊富か否かでもなく、たとえば田舎のおばさんでも町のあんちゃんでも人間力がある、ということはありえます。それはその人の表現的自己が豊かにこころである内的意識と触れ合ってきたということになるんじゃないでしょうか。
さて逆に表現的自己が内的意識と隔離してしまうのが「うつ」だとすれば、「うつ」は「深さ」や「人間力」を失った状態だともいえます。言い換えれば「他者」を失った状態です。吉本は「<うつ>関係の拡張」の1〜9までの章で、公表された「うつ」の症例をあげて、自分の理論によって整理を試みています。「うつ」の症例はどのように吉本によって理論づけられるか、それを解説していきたいと思います。
まず日本の「うつ」の症例で、「うつ」の妻を取り上げます。この女性の行動の特色は、まず朝5時から夜12時まで何かに駆り立てられるように働きまくることです。夫にやめろと言われても止めることができません。この女性の行動の規範は「夫や子供たちに恥をかかせてはいけない」という世間体の維持にあります。だから家族のために何かをしていないと損をしたような気持になり、働きまくるわけです。また家族の身に着けるものは、一切既製品であってはならない、それは自分の努力が足りないと思われる、という思い込みから家族の衣服を全部自分で作ったり、夜は夜で、ローソクを麦わら帽子につけて庭の畑を耕すという異常な行動をする。そしてうつから燥状態に移っていく。またこの女性は「空想や現実にプラスにならないものは読んでも無駄で、現実離れしたことは嫌いです」という。
この女性は代々豪農で格式ばった父親と、しっかりした働き者で、世間体を気にして夫の家の格式を傷つけまいとして、一挙一投足指示にしたがって振舞い、人前にでるのも臆するほどであった母親の下で育ち、女性の父親に働き者であることを見込まれた男と結婚した、そうだ。
この日本のかっての農村にみられたであろう「うつ」の症例を吉本は自分の理論で解釈しようとしている。
前回の解説で「うつ」の特色として、「わたし・は・ずっと・憂鬱・で・あっ・た」という文を例として、「うつ」ではこの文の順序を変えることができないという吉本の考察を解説しました。
たとえば「ずっと・憂鬱・な・わたし・で・あっ・た」と文を変えても意味は変わらない。しかしそう思えるのは「うつ」じゃないからだ。この文をわかるということは、この文を時間的に了解できるからだと吉本はいう。文がわかるということを「了解」と言い直せば、文を品詞分解したそれぞれの「わたし」とか「は」とかについて「了解」の「時間性」がある。つまり「了解」の種類とか深さの違いがあるわけで、要はそこに融通性があるかどうかという問題だと思います。内的意識の時間性に融通性というか幅があり、その構成意識としての表現的自己の時間性にも幅や余裕があるとすれば、この文はほかにも言い換えが可能になる。たとえば文章を推敲することがそれですが、いろいろな言葉に置き換えてもっともこころに沿った文を選ぶということができるわけです。
なんらかの理由で、この時間性の融通性や幅が失われると、文は、つまり表現的自己は順序に固執する融通のきかないコチンコチンなものとして「うつ」の人を縛りつけます。ここで先ほどの症例に戻ると、このえばった父親とかわいそうなほど父に従属した母親のもとに育った女性の、「家族の身に着けるものは一切既製品であってはならない」という思い込みは、もともとは表現的自己の「順序」への固執から生じているわけですが、それが「空間的に変容」して「完備(コンパクト)」として表出されていると吉本は述べています。表現的自己の言葉の了解作用の「順序」という時間意識の固執は、空間化されることがあるということになります。空間的に変容したものは「完備(コンパクト)」と呼ばれます。既製品じゃいけない、手作りでなくては、という固執は、家族のために完璧につとめたいという「完備」さへの固執で、既製品を買うことはこの「完備」さを阻害するものだから排除されるわけです。
「完備」さへの固執ということをオッサン的にイメージ化したいと思います。たとえば同じブランドのものを徹底的に買い揃えるとか、インテリアに黒と白しか使わないとか、風水でいいと言われた色の衣類で全身をおおうとか、そういうちょっと変じゃないの?という人がいます。それが「うつ」の症状だとは言いきれないでしょうが、そうした空間的になった極度の固執に背景には、了解という時間性の「順序」への固執があるかもしれません。「ガンコ」とか「空気が読めない」とか「こだわりが強すぎる」というような、よくある性格の背景にも、了解作用における「順序」への固執と、その空間的変容としての「完備」への固執があるかもしれないと考えることができます。そうだとするとどこかにコチンコチンになった表現的自己が見いだされるということでしょう。逆にこだわりがあとうとガンコだろうと、べつに「うつ」ではない、ということもありうるわけです。その場合には、その人がどれだけ豊かにあるいは深刻に、自分のこころである内的意識と、その表出としての表現的自己のあいだでやりとりがあったかということが問題になるんだと思います。そのやりとりは「沈黙」のなかで言語的にはおこなわれるということになります。だから「ひきこもれ」という著作で、吉本がひきこもりを肯定したときに、それは「沈黙」の契機でありうるひきこもりというものを肯定したのだと思います。「沈黙」というものを肯定しないと、コミュニケーションばかりを肯定すると、「人間力」というもの「深さ」というものは醸造されませんよ、と吉本は言っていると思います。
それは同時に他者というものを受け止める能力の問題でもあります。他者をどう理解するか、どう受け止めるかという問題は、吉本の文芸批評家としての核心の問題です。他者がわかんなければ、文芸批評もへったくれもないからです。連帯するためには孤立しなければならない、という吉本の安保闘争以降の繰り返した見解もそこにつながっていくんだと思います。
ではさらに吉本の「うつ」の症例の理論的整理ということを解説していきますが、それは次回といたします。