この世は仕事より高級なことも、仕事より低級なことも、そして複雑ささへ、それ以上でも以下でもないのだから。(夕ぐれと夜との独白)

これは仕事というのを「現実との関係」というふうに読みかえればいいような気がします。現実と関係し、現実を分析し、現実と格闘する。それ以上に高級なことがどこか「いと高きところ」にあると考えない。もっと高度で複雑で知的なことがあるとも考えない。すべては現実と取っ組み合うことから始まるもので、その結果できあがった観念を現実以上の高みに置くことは錯誤である。それは吉本が天皇崇拝の信仰から脱する過程で身に着けた方法であり思想であったと思います。

おまけです。
「自然科学者としての吉本隆明」 奥野健男 (「現代詩手帖」臨時増刊号1972)
これは吉本が化学技術者として大学で研究していたころの逸話です。

そしておもしろいのは、たとえば吉本隆明が、ゆるやかに撹拌し、と書いたのを、上司が化学的表現の慣習に従って緩慢に撹拌しと、訂正しているのを、吉本は「訂正ノ要ナシ」と欄外に書き実印を押し、自分の表現を通している。そういう部分だ。彼は化学の報告においても、厳重に表現の的確性、正しさに自信を持ち、曲げることがなかったのだ。