印象法をつかつて描写しなければならないが、わたしの、「個」の黄金時代を象徴するのはひとりの私塾の教師、無名の教師である。かれは(と呼んでいいであろう。その教師が戦災死した年齢は、ほぼ、わたしの現在の年齢またはそれ以下である)、国語から数学、外国語にいたる万般について、ほぼ中学校(現在の高校)の高学年にいたるまでの全過程をわたしたちに教えることができ、野球から水泳にいたる全スポーツについて教えることができた。いまでは理解できそうだが、かれの万能は、何よりも才能の問題ではなく、自己の生涯をいかにして埋葬するこ

この私塾の教師というのは以前にも解説しましたが、今氏乙冶さんという人です。この今氏さんは終戦の昭和20年に東京の空襲のなかで亡くなったそうです。敗戦は吉本にとって、思春期に最大の影響を与えられた私塾の教師の死も意味していたことになります。またこの文章には吉本の思想のなかで重要である「人生を放棄する」という「放棄」の構造についての思想の芽生えがあると思います。「生きながら人生を放棄するとは何か。それはたしかな言葉でいってもしかたがない」ということをどこかで吉本は書いています。ただ人は親になったときに、そのことを体得するように思います。自分の人生を捨てても守ることということ。それは密かにすることであって、壇上で演説することではありません。

おまけです。
「浄土からの視線」のなかの「吉本さんを囲んで」より  菅原則生

吉本 まだ俺は、俺の考え方の底のほうまで理解してくれた人はおらんな、っていうそういう感じがします。それは俺はちょっと自信がありますね。