どんな種類の文章を書いても、自分を自分以上に表はそうとしたり、又何の意味もないことを意味ありげに書いたりさへしなければ、その人が自然に現はれるものです。(巻頭言)

この文章は吉本が米沢高等工業学校に通っていた時に友人と作った「からす」という同期回覧誌の巻頭言のようです。1943年に書かれたということなので19歳くらいだとおもいます。高等工業学校というのは今でいう工業大学なんだとおもいます。米沢高等工業学校は現在は山形大学工学部になっているようです。吉本は東京の月島に生れて、前回に書いた深川の私塾に通ったりしながら、江東区にある東京府立化学工業学校に通います。そこを卒業して突然山形県の学校に進学したわけです。なんで急に東北にいったのかは、吉本自身が述べるには、当時の吉本は東北という風土に、きびしく暗鬱で、素朴で、というようなイメージを抱いており、それが当時の吉本の嗜好と心境に合致していたからだろうと述べています。吉本の好きな文学者は太宰治にしても宮沢賢治にしても東北出身ですし、高村光太郎は東京出身ですが戦後岩手の花巻に引っ込むわけですから、そういう影響もあるとおもいます。また吉本のお父さんは九州の天草の船大工だったということなので、そういう意味でもまだ知らぬ世界として北にあこがれたということもあるかもしれません。東京にいくらでも大学があるのに、地方の大学にいく若者はいるわけですから、そう珍しいことではなく、平凡な学生のひとつの進路を吉本も歩んでいたということです。
この初期ノートの文章は若い吉本の率直な文章観が書かれているわけですが、吉本らしさはすでにあらわれているとおもいます。自分を自分以上のあらわそうとしない、意味のないことを意味ありげに書いたりしないというなんでもないようなことは、じつはけっこうむずかしいことです。
プロの文章家にもえらそうにしたり、知ったかぶりをするひとはいっぱいいますからね。逆にいえば読者としてはそういうカライバリや知ったかぶりをするかしないかということが書き手を鑑定する方法のひとつになります。書き手がご当人自身を見誤っているんじゃどうしようもないですからね。吉本が生涯書いたものはこの米沢時代の素朴な文章観を内面の戒律として貫き通していることがわかります。それはまた文章の戒律であるとともに吉本の思想です。
前回の母型論の続きを書かせていただきます。男女の本質的な差異という問題が産業社会の分析としても重要な意味をもつというのがイヴァン・イリイチという思想家の問題提起でした。それをもとに吉本と山本哲士が対談している「性・労働・婚姻の噴流」(1984 新評論)という本があります。この本で吉本がドゥルーズ=ガタリの「n個の性」という考え方を取り上げて、その批判を行っています。その批判のなかで吉本の「アジア的」という概念に対する思想が述べられています。このことは男女の本質的差異という問題が母型論的な身体と精神の起源の問題であると同時に、イリイチの提起した産業社会の分析における重要性でもあり、さらに歴史段階の問題にも敷衍できることを意味しています。歴史段階としての「アジア的段階」の問題に関わるということは、吉本の思想としては現在から見渡せる未来の社会像の問題でもあるということになります。つまりあらゆる思想的なテーマとして男女の本質的な差異の問題が関わるということになるわけです。
n個の性というのはドゥルーズガタリという思想家が提起している概念です。にんげんが男性と女性というものになっていくのは、家族のなかで両親との乳幼児期から成長期までの葛藤を通じて男または女になっていくのだというフロイトの考え方があります。エディプスの理論といってもいいとおもいます。だとすれば両親との葛藤がないならば、にんげんは男または女というふうにはならないという考え方だとおもいます。男または女というふうに二極に分化しないならば、そこでは「性」というものはただn個の性ということになる。n個ということはつまり数の限定がないということだとおもいます。100人いれば100個の性があってもよいということになりましょう。それは性というより個というものですが、その性的な結びつきを考えれば、それはn個の性のそれぞれの結びつきだと考えざるをえない。なぜならば男と女というおおきな性の区別はなくなるからだということです。
n個の性という考え方はドゥルーズ=ガタリ理想社会についての思想と結びついているようです。これからの社会がどうなっていったらよいか。それは家族が解体し、両親と子供との葛藤が解体し、男と女という区分が解体するということです。この考え方は男女の平等やもっとラジカルには男というものを必要としないのだというフェミニズムの考え方への批判になっています。男女の平等ということが問題ではなく、男女という概念の解体が本質的な問題だということです。ドゥルーズ=ガタリの考え方は母型論的な心身の起源の考え方にも関わっています。つまりにんげんというのは生まれたときにはn個の性をもった存在だった。つまり男女の未分化な状態で産まれてくるわけです。それが「家族」という制度のせいで男または女になっていく。フェミニズムが女性の解放を求めるなら、それは男性との平等ではなくn個の性たらしめよという主張になるべきだということです。
このn個の性の思想に対して吉本は疑義をはさんでいます。その疑義は「アジア的」という概念に関わります。なぜアジア的という歴史段階が問題になるかというと、アジア的な段階においてそれまでは共同体しかないところからだんだん家族というものが形成されてくる段階だと吉本はとらえているからです。つまり家族というものの起源がアジア的段階です。アジア的な段階の次に古代的な段階がくるわけですが、ここで人類ははじめて初期の国家というものを形成するわけです。アジア的な段階の以前には、未開、原始という段階があります。すると重要なのは、人類というのはその起源を理解するかぎりは、対幻想あるいは家族形成ということに起源の歴史の主体があって、それが根幹で、国家も個人も、そのあとからでてきた概念だとおもうと吉本は述べていることです。人類は家族のないいわば乱交の共同体、性のタブーのない共同体のありかたから家族を形成するようになる。そしてアジア的段階に至ってそれが明瞭に形成される。
するとこのアジア的段階での家族形成ということがなぜドゥルーズ=ガタリのn個の性の思想の批判になるのか。それはn個の性という考え方は男と女のあいだの対幻想の関係はあってもなくてもどうってことはなく同じなんだという考え方になるからです。しかしアジア的段階を考えるならば、男女の自然的な結びつきと対幻想の発生ということが核心になってきます。男女の結びつきの自然性と対幻想の構造というものが、n個の性の思想のようには解体しないのではないかという疑義になるわけです。
アジア的段階において氏族内婚制が氏族外婚制に転化していきます。つまり血族である氏族のなかで族内婚がおこなわれているのが氏族内婚制です。乳幼児のときからいちばん親和力をもっている同居してきた兄弟姉妹が性的に結びつくというのがいちばんありそうな関係ですが、その段階から他の共同体の男性とか女性と婚姻するようになるのが氏族外婚制です。この過渡期に対幻想の本質の問題を吉本はみているのだと思います。どうしていちばん親和のある身内の兄弟姉妹ではなく、見も知らぬほかの共同体の男性あるいは女性に目が向くようになったのか。その原動力というものがある意味でとても不思議だと吉本は述べています。吉本はここに身体生理としての性と観念としての対幻想の矛盾の発生をみているのだとおもいます。アジア的段階で家族が形成され、観念としての対幻想が発生してくる。発生した対幻想は自らの構造をもちはじめる。その対幻想の構造のうちにあるものが氏族の外婚制を導き、それが共同体の拡張となって初期の国家形成につながっていくというのが吉本の思想だとおもいますが、そこにおける氏族外婚制にいたる対幻想の本質というものが問題となります。では今回はこのへんでさようなら。