それが人間に判るのは、青年期を過ぎ去ろうとするときである。わたしは、もはや書物以外に教師を必要としないとおもいはじめたのだが、そのとき、この優れた教師は、もはや、この傲倨(ごうきょ)な少年には何を言つても通じないと諦めはじめたにちがいなかつた。(過去についての自註)

この優れた教師というのは今氏乙冶さんですが、今氏塾では生徒の月謝に金額が決められていなかったそうです。塾の棚のうえに箱があり、そこにそれぞれの生徒が親から預かった謝礼を入れるけれど、その額は貧しい家庭は安く豊かな家庭は高めに入れる感じで、生徒には金額がわからないようになっていたそうです。吉本はそうした気遣いのなかにも今氏さんの「放棄」の思想を感じています。

おまけを探す時間がなくなちゃって今回はおまけなしですいません。