僕は情意のなかに混沌せしめられたとき、建築の間を歩むことを好んだ。単純な直線と曲線、影と量とが、僕を限定してゆくとき、僕の精神に均衡と比例とが蘇へるのを感ずるのであつた。(〈建築についてのノート〉)

人間関係で心が乱れるようなとき、吉本はビル街などを歩くと落ち着くということですね。こういう好みをもっと緊張度を高めた表現で書いたものが「固有時との対話」という詩のなかにあります。ちょっと引用してみましょう。
建築は風が立ったとき動揺するように思はれた その影はいくつもの素材に分離しながら濃淡をひゐた 建築の内部には鍾鉛を垂らした空洞があり そこを過ぎてゆく時間はいちように暗かった           「固有時との対話」より   吉本隆明
こういう(建築物のなかを歩くと落ち着く)という気持ちはなんとなくわかる気がします。左脳と右脳みたいなもので右脳が情動で煮詰まったときに左脳を働かせて論理的に考えようとすると落ち着くということじゃないでしょうか。私は人間関係で気持ちが乱れるようなときはまず(こういう悩みで煮詰まっているひとは自分のほかにもいっぱいいるだろうな)と思うとちょっと落ち着きます。それは自分が感情的になって溺れているようなところから、少し離れて考えようとするきっかけだからでしょう。自分だけでなくもっと広い人間たちというもののなかで、自分を個人的に悩ませている問題を考えようとします。そうするとなんか感情的なところから離れて中間的な感情のところにいつのまにか移っていきます。とはいえまた新しい悩みはやってきて、また感情が乱れます。それはもう問題が絶え間なくやってくるというそのことこそが逃避せずに娑婆を生きている証拠だと思ってやっていくしかないですよね。                                                 さて初期ノートの解説はこのへんで勘弁していただいて、次に私あてにご質問をいただいていますのでお答えしたいと思います。この質問の文章は長いので短くまとめてみます。
『吉本の「母型論」を読むと胎児期の発達段階を以下のように箇条書きにしている。
○受胎後三か月すぎ   夢を見る。
  ○受胎後六か月以後   耳が聞こえる。父母の声を聞きわけられる。
  ○受胎後七〜八か月   意識が芽生える。
  ○受胎後八か月すぎ   レム睡眠の状態。母と子のきずなが完成される。
ところで解説者であるあなた(依田)は乳児期について「舐めまわしの始まりのあたりの乳児の無意識がすべてである心のなかには距離とか空間とかはまだないわけです。すべてはひとつのもののようであり、もちろん自我もないですから自分と相手というものはない。対象世界が分離されていないわけです」と書いている。しかし胎児期においてすでに父母の声を聞き分けたり、意識が芽生えるとされているのなら、胎児期において「自分と相手」の区別はできているということではないか。ならば乳児期においても当然対象の把握はありうるのではないか。』というものであろうと思います。
このご質問は要するに胎乳児期のこころの中はどうなっているのか、という問題なのだと思います。えーとまずですね、言い訳するわけじゃないですけど胎乳児のこころのなかっていうのは圧倒的に分からない領域なんですね。なぜかといえば胎児とか乳児というのは言葉がないから、しゃべっちゃくれないし、成人になって思い出そうにも無意識の核の領域に深くしまいこまれて思い出せるものではないからです。だからこの領域を探ろうとするひとは、外側から観察するか理論として考えるのが一般的な方法になるわけです。現在では医療器械が発達して胎児の様子もずいぶん分かるようになっていると思います。こういう刺激を与えたら胎児がこういう動きをした。だからすでに味覚はあるのだろう、とか視覚はあるのだろうというような外部からの実験と観察を繰り返して胎児期を探っているのだと思います。
こうした実験観察の結果、受胎後6か月以後に聴覚が生じて、父母の声を聞き分けているとみなせるということになっているのだと思います。しかしここには胎児期(乳児期も)を扱う難しさがあらわれると思います。胎乳児期という前言語状態の言葉のない領域を言葉をもって描こうとする矛盾というものがあるからです。「父
とか「母
というのは言葉であり概念であるわけですから、胎児が「これはお母さんの声だ」という言語的な把握をもつわけはないと思います。でも声の聞き分けをしているように外部から観察されるではないか、ということですが概念的な対象把握ができなくとも聴覚としての聞き分けということはありうるのだと考えます。昆虫でも動物でも聞き分けということは行います。しかしそうした昆虫や動物にもある聞き分けの反応がさらに脳に神経的につながり、そして脳が自らの感覚をどうとらえることができるかということが対象の把握、つまり「了解」の問題になるのだと思います。そして人間の胎児の場合、そうした感覚器官の発達が脳の発達と結びつき、対象の把握の芽生えになっているとはいえるかもしれないと思います。生体は連続的に発達していくわけですから、芽生えが生じたということに着目すれば、対象を把握し自分と自分以外の世界が分離しはじめる萌芽がすでに胎児期からあるとみなすこともできるかもしれません。そこは胎児の外観を観察することはできても胎児の前言語状態のこころを直接把握することができないという障壁があって、なんとももどかしく困難な問題です。
その困難さとはたとえば胎児が外部からの医療機器を使った観察によって味覚があるとか、聴覚が生じているとか観察されますよね。しかしその個々の諸感覚が胎児のなかでどのように結びついているのか、分離しているのか、また自らの感覚をどのように捉えはじめるのか、まだはっきりとわからない段階なんだと思います。共感覚と呼ばれる諸感覚が未分離で結びついた状態が想定されますが、まだはっきりそれを確定できないように思います。吉本はいわゆる五感覚と呼ばれている感覚器官が未分離でつながっている段階が確定されると理論的に解明できる課題がいろいろあると言っています。それは精神病の症状の問題や、いわゆる超能力と呼ばれている察知や予知の能力の解明にもつながるのだと思います。しかしやはり前言語状態のこころの把握は難しく、そもそも言語で記述できるのかという根底的な問題があると思います。
しかし話を戻しまして、対象把握と自他の分離の能力の萌芽が胎児期に用意され始めるということを前提としたとしても、子宮のなかにいる胎児や出産によって外界に初めて生み出される新生児に外界の対象の把握ができるとは考えにくいと思います。それは外界というものに出産によって初めて置かれるからです。吉本が「心的現象論」でこの状態について書いているところがあるので引用します。
分娩は受胎から十ケ月余のあとにおこるが、このことが何を意味するかを、胎児の心身の環界としてみれば、つぎのふたつのことが変化と持続を同時に受けとることを意味している。ひとつは、胎盤を通じて内部的に連結していた母親と胎児との関係は、乳房を通じて外部的に連結している母親と乳児の関係に転化し、胎児とそれを取囲む子宮内の環界は、乳児とそれをとりまく自然(または自然史的な社会)という環界に転化される。新生の乳児の心的な層の形成にとっては、乳房を介しての母親との接触の時間(授乳時)環境と、母親の手の届く領域としての環界(住居内)が、重要な意味をもつことになる。このふたつは別の言葉で、生体環境としていえば、酸素環境とその他の栄養環境とに分離された摂取系を意味している。新生の胎児は、まだ母親の乳房を胎盤(の延長)のように感じているし、はじめて置かれた外界を胎内とおなじものとみなして、自己とこの環境とを区別する認知力をもっていない。自己とは環境世界に万べんなく、浸透し拡散した存在であり、環境と自己とを区別していない。      「心的現象論」の「了解論」より 吉本隆明
吉本は新生の乳児、つまり新生児においてはまだ「自分と相手」を区分できない状態と考えているわけです。そしてなめたり触ったり吸ったり嗅いだりということをあくなく繰り返して外界に対する把握が芽生えていくのだと思います。それは同時に自己というものが外界から分離して把握されていく過程なのだと考えます。
さて外界に生み出され、外界を把握していくという意識の発達としてはそういうことになるように思いますが、しかし話はこれだけでは済まないわけです。なぜかというとこの外界の把握の過程は吉本が「外コミュニケーション
と呼ぶものですが、それとは位相を異にした「内コミュニケーション
というものを吉本は想定しているからです。また外コミュニケーションに対応する「外意識
、内コミュニケーションに対応する「内意識
という概念も使っています。胎乳児のこころを「無意識の核の領域
と吉本は呼んでいますが、この核の無意識のなかにも外意識と内意識という位相の違いがあるということになります。
まったく難しいことだらけですが、胎乳児のこころ自体はわかりようがないと断言することは保留したいと思います。なぜなら精神病者の存在やヨガのような宗教的修行、あるいは深い催眠療法とか麻薬体験、あるいは臨死の体験とかある種の芸術表現のなかに胎乳児期のこころに参入しているのではないかと感じられるものがあるからです。それはまた「母型論」の解説のなかで検討していきたいと思います。