社会とは不逞な僕から何もせしめることが出来ない代りに、僕になにもさせることをしないところだ。死すらも僕のために提供されてゐない。(〈夕ぐれと夜との言葉〉)

これは要するに死に場所がないという気持ちだと思います。時代劇でいくさで負けて浪人になったような男がよく口にする情念です。死に場所が欲しいのに良きいくさがない。だから浪人になって酒をくらいながら用心棒なんかをやっている。そんな時代劇に共感するような心情がこの時期の吉本にあったんだと思います。
なにもやる気がない、なにもさせられたくない。しかしじゃあ自分から自発的になんかやってみようというものも社会のなかに見つからない。もしもやる気になるならば命をかけてもすべてを捨ててもやってみたいという情念はあるのに、そういう場所が見つからない。だから現代の浪人者であるひきこもり者になっているという人間もいるんだと思います。
しかし結局そういう奴はどうすればいいかといえば、なんかやる気のなるものを見つけるまで探せばいいということだと私は思います。社会のなかにできあいのものとして存在しないのならば、自分で作り出せばいいわけです。それが自立ということだと思います。納得できる仕事がないからおまえが作り出せ。納得できる政治がないならおまえが作り出せ。納得できる作品がないならおまえが作り出せ。作り出せないならすでに作り出されて現実にそれなりに機能している社会的な存在を批判はできても全否定はできない。そう考えるとあとは無から作り出すという忍耐につぐ忍耐の過程しかありませんが、少なくとも歩き出すことはできるわけです。
ところでこの文章の問題は死ということだと思います。なんでそう死ぬということにこだわるのか。どうしてそれほど死にたいのかという問題です。この問題は吉本の自分自身の素質の問題でもあり、それを掘り下げる形で追及した文化の問題です。人間は生き物の一種ですから、生き物の最大の欲求である生き延びるという本能を持っています。しかし人間は自ら死のうとする。この矛盾というものを追及する過程で生まれた書物として1996年の吉本の著作である「死のエピグラム」(春秋社)を取り上げてみます。これは「一言芳談(いちごんほうだん)」という鎌倉時代の浄土宗の念仏者、法然とか明遍とかの法語を集めた書物に吉本が解説を加えたものです。一言芳談の特徴は短い断章であることと、その内容が早く死にたい(疾く死なばや)、死んで浄土に生まれ変わりたいという情念に貫かれ、その死にたい、生きるより死ぬほうがよいのだという思想が極限まで追求され、それが現実の念仏者の生活として生きられている記録だということです。そして現実の生活として生きるという衣食住の過程と、疾く死なばやという宗教的価値観が矛盾していくわけですが、そこを無一物になって暮らす、流浪して暮らす、欲望を抑えて暮らすというように切り抜けようとする思想でもあります。
一言芳談がどういう文章かはあなたがお金を出して買って読んでもらうとして、吉本が一言芳談の解説で述べていることは、この書物では死を欣求するという思想が病的なまでに徹底している。それは親鸞が大きな死と死後についての思想だとすると、小さな思想者の思想だ。しかし小さいけれど徹底したラジカルな思想の断章で、「人間のこころが欲求する願望は、金銭、名誉、地位など、生の世界にとどまるだけでなく、境界を越えて死の世界まで拡がりうることを示している第一等の書物」だと述べています。
生きる、生き延びるということが人間の生の世界の倫理の前提だとすると、一言芳談が開いてみせた世界はこの流布されている現実の善悪感では律することのできない領域に人間のこころが参入できることを示している。ここからさらに深く広く吉本の論理は展開されるわけですが、まづはこの入口で立ち止まって自分なりに考える価値があると思います。
私たちのまわりにも、もしかしたら私たち自身にも疾く死なばやという思いが根づいていることがあります。その死にたい、生きていたくない思いを宗教としての浄土宗の信仰にまで昇華させたものが一言芳談の世界です。その死にたいという思いを単に異常とみなすのは、現実の生の善悪感の押しつけに過ぎないのではないか。精神医学という生の倫理を前提にした学術の世界の用語にすぎないのではないかと私は思います。生きていたくない早く死にたいという思いは、治療されるべき精神の異常であるという決めつけは、人間の精神をなめているんじゃないでしょうか。死にたいという思いはもしも徹底して突き詰めれば、それそうとうの迫力をもった思想の世界にまで広げることのできる深さをもっているのだと思います。それは人間という種の特異性としての根底にまで掘り下げることのできるものです。
死とはいづれにしても身体に関わるものです。そこで精神としての死の思想は、身体と精神の相関の解明なくして解明できないものです。吉本は精神については文芸批評家としてのキャリアを持っていますし、物質については科学の学徒としての経歴をもっています。しかし身体については素人なんだと思います。その吉本が身体の問題と自分が切り開いてきた精神の問題を相関させることができると考えたのは晩年に三木成夫という発生学者の業績を知った時からだと思います。もっと早く三木成夫の存在を知っていたらもっと自分の思想領域を広げられたのに、というのが吉本の悔恨だと思います。しかし三木成夫は亡くなっていましたが、三木成夫の発生理論を取り入れてからの吉本の心身相関論の思想的展開は凄いものだと思います。ここに現在までの精神医学的な生の論理と倫理を超える契機が登場します。それはあなたがお金を出して買って読めばわかりますからそこんとこヨロシク。