ただ、おまえの愛惜する著作をあげろといわれれば、ためらいなくここに収録されたものを最上のものの一つとして自薦するだろう。すくなくとも、わたしの「書く」ものに関心をいだいている少数のひとびとは、ここに収録された断簡のもつ意味を愛惜することができるはずである。なぜならば、わたし自身がかけ値なしにそれを愛惜しているからである。(過去についての自註)

ここまできっぱりと自分の初期のノートの文章についていえるということは大したもんだと思います。とても自分にはいえないなと思います。どうですかあなたは。

ではよいお年を。



おまけ

「だが動くものとしての現実はあくまでも詩的なものだ。また逆に詩的なものこそが現実的なものだ。この確信がかれ(谷川雁のこと)にしか歩めない微妙な軌跡をこしらえていった。それは彼の詩作品といっしょに不朽のものだと思う」

吉本隆明「詩人的だった方法」信濃毎日新聞1995)より