文章を書いたり読んだりすると、現実を遊離してしまふなどと考へてゐる人は問題になりません。又文章を書いたり読んだりしながら現実を遊離してしまひはせぬかと不安に思ふ人は矢張り駄目なのだと思ひます。僕はその駄目な人間の一人です。(巻頭言)

こういうところは吉本の文章のうまさなんでしょう。「このなかにバカなやつがいる、それはわいや(⌒ー⌒)」というやつですね。深読みすればここにも後年の吉本がこだわった問題があるともいえます。文章を書くとは何か、文章を書くという行為のなかで深入りしていく世界は何か、その世界に入ることはこの日常を送っていくこととどういう関係にあるのか。それは平凡な日常とそれを送る大衆というもののあり方と、知や表現の世界の境界に関心を向けることです。その境界の問題は吉本によって深く掘り下げられ、私たちに原理的なものから現象的なものにわたる豊かな考察を残してくれました。

おまけです。
「この執着はなぜ」の冒頭部分       吉本隆明定本詩集より

この執着は真昼間なぜ身すぎ世すぎをはなれないか?
  そしてすべての思想は夕刻とおくとおく飛翔してしまうか?
  私は仕事をおえてかえり
  それからひとつの世界に入るまでに
  日ごと千里も魂を遊行させなければならない