〈いま幸福?〉〈否!〉〈諾!〉そんな会話はあるものではない。それはなぐさめといふものだらう。悲しみを知つてゐる精神だけがよくなぐさめといふことを知つてゐる。(〈夕ぐれと夜の言葉〉)

「幸せかい?幸せよ(^―^)」という会話はありえないと吉本は言っているわけです。幸せなんてなんだかわからない。悲しみならわかる。「幸せだなあ、ボクはキミといるときが一番幸せなんだ(BY加山雄三)」というような会話は理解不能だということです。こういうなんでもない文章に吉本の不可解さがあらわれています。そこのアナタ、いま幸せですか?幸せということがありえないと思いますか?私は幸せという瞬間はあると思う。しかし吉本はそうは思えない。それはたぶん吉本が醒めているからです。醒めているとそりゃ幸せなんてない。世界は非道に充ちているし、人間はいずれ老いて死ぬし、敵は山ほどいるから。でもそれらをいっとき忘れて幸せだという瞬間は私はあると思う。しかしそんな瞬間も持ちえない醒めつづける宿命の人物もあるわけでしょう。
こういった話題はだいたいわかったと素通りすればそれまでだけど、無理やり掘り下げればにんげんの資質の問題にたどり着きます。資質とは何か。それはその個人の生誕の前後の問題、つまり母子関係の問題に還元される。それを吉本の思想に沿っていえば「母型論」の問題に・・・あ、わかっちゃった?強引に「母型論」に話をもっていこうとしてることが(⌒・⌒)ゞ 実はそうですねん。アナタ読みました?「母型論」。読んでない?アラマ(_□_;) だめじゃん。「母型論」も読まないで人のココロがどうとかいうのはトーシローだよ。
なんでいつもはおだやかなのに、突然キレて暴言を吐いたり暴力をふるったり、まっくらになって狂言自殺やホンキの自殺を試みたり、なんにもする気がなくなって汚屋敷の住人になったり、でぶでぶに太ったり、逆にガリガリに痩せたり、社会に出るとストレスと不満と怒りのかたまりになって挫折して家にひきこもったり、どこかの誰かに迫害を受けていると思い込んだり、いつか起こるかもしれない地震や世界破滅ばかりを心配するようなバカ野郎になるのか。そうするしかない人物の内側に入って考えることができるとすると、そこにはなにがあるのか。その問題に答えてくれる唯一の思想的な展開は私には吉本の「母型論」です。
母型論の展開は多様ですが、ここでは出生前後の問題を取り上げます。母の胎内より生まれ出ずるということ自体が大変なストレスである。胎児はエラ呼吸をしています。羊水のなかで魚のように生きているから。その胎児が突然胎外に出されて、肺呼吸に転換せざるをえなくなる。それはまた約37℃の胎内環境から常温(18〜20℃)の環界へと転換するということです。これは大変な環境の変化です。だから赤ん坊は泣く。オギャーと泣くわけです。やっと無事に生まれた赤子を見て、産婆とか産婦人科医とか母親とか父親は喜びに包まれる。しかし赤ん坊はそのとき急激な環境の変化にものすごいショックを感じているのだと思います。
これは身体的な側面です。これを心的な側面から推察すると、新生児は体内での内コミュニケーションから外コミュニケーションに変わることを意味します。内コミュニケーションとは胎内で母親から言語のない段階での影響を受けることです。母親が思うこと、動揺すること、快感を感じること、恐れることはすべて胎児に擦り込まれます。これは怖ろしいことです。なぜならココロの無意識の核というものはここで決定されてしまうからです。精神の障害の本源的な原因もこの胎内の母子関係の内コミュニケーションに還元されるといえる。なぜなら胎児、乳児にとっては母親が全宇宙だからです。
すると精神病とか精神障害とかの根源も母子関係に求めることになる。じゃあおかしくなった子供は母親が原因なのか、といえば確かにそうだということになります。しかし単純にそうはいえない。なぜならば母親の子供に対する関係、それは広い意味での性的な関係です。その性の関係の前段にあるのは母親と父親、つまり母になったひとりの女性が愛した男との性の関係が影響を与えると考えざるをえないからです。男と女の性の関係、セックスだけでなく愛のありかたが、孕んだ女性の胎内の子供との関係に決定的な影響を与えると吉本は考えます。赤ん坊を抱く、赤ん坊に授乳する、赤ん坊の排泄の始末をする、そういう育児の過程に影響を与えるのは、母親の愛する男との性的な関係であり、その男女の性関係のバリュエーションとして育児の関係があると考えます。それは間違いなくそうであろうと私は感じます。つまり子供がおかしくなったなら母親だけでなく、父親も責任があるということです。
一対の男女が出会い、性的に愛し合い、やがて子を産む。子供にはその男女の性愛のありかたが擦り込まれる。しかしやはり母親の影響が決定的です。なぜなら母親が赤ん坊にとっての全宇宙であるからであり、また母親の素質は男女の出会いの以前から形成されているからです。母親に影響を与えるのは父親だけではない。母親の両親等も大きく母親の資質を形成します。それは無意識のなかに形成されるから、母親は自覚しがたい。とにかくそんな問題だらけの両親から赤ん坊は孕まれ誕生し育児されざるをえないわけです。えらいこっちゃ。
ものすごいストレスのなかで、まるでいっきに水棲生物から陸上生物に転換させられるような赤ん坊の心身にそれからどのような試練が訪れるのか。それはまたこの次に。