「人間は何かを為さねばならないが、何かを為すために生きるものではない」(断想)

何かを為すとか、何を為すべきかというようなことは、人間の人間的な部分が問いかけるものだと思います。つまり意識とか観念とか言語という人間が他の生命にない部分を持っている、その部分が問いかけるものです。そして人間の人間的な部分は、母親の胎内から次第に形成されるものであって、人間的な部分が一応完成し、いっちょう前の考えを持つのは思春期以降です。しかしそれ以前にも、人間の生命としての全体はすでに誕生して、生きてしまっています。つまり人生何を為すべきか、という問いが青臭い少年の頭に浮かぶ前に、とっくのとうにとりあえず生き物として生きてきているわけです。だから「何かを為すために生きるものではない」わけでしょう。いわば生きるために生きているというような、生き物としてのほの暗い理由をどんなピリピリとした自意識過剰な頭でっかちの人間でも抱いているわけです。あんまり(どうしたらいい?どうすべきなの!)という意識にがんじがらめにされて苦しい時は、そのことを思い出したほうがいいかもしれません。産んでくれと頼んだわけでもないのに産まれちゃったから生きているんだし、生きている以上は生きつづけていくために生きているとしかいいようのないところが人生にはあります。さらに言えば、人類を永続させたいと個人的に思ってるわけでもないのに、結果としてそうなるような性の衝動がどんな清純めかした人間にもあって、異性のケツを追ったり追われたりする苦しみが頼んだわけでもないのに絶えずのしかかる、そうとしか言えないところが人生にはあるわけです。個として生きるために、類として生き続けるために、なんかしらないけど駆り立てられ、宿命づけられ、腹は減るし、眠くはなるし、うんこもおしっこもおならもガマンできないし、異性を見ればいい年コイてもドキドキしちゃう(。-_-。)そういう部分が実はたいへん大きいじゃないですか。なにが何を為すべきかだっつーの。つまり人間は水に浮くもんだということです。溺れるのは無理だ。
しかし、なぜか人間だけが他の生命と違って観念とか言語とかいう精神を持つようになりました。これだって別に俺が頼んだわけじゃない。精神付きで産んでくださいと注文して産まれたわけじゃないでしょ。産まれたら精神が勝手に育ったんだよ。どうしてくれるんだ。責任者を出せ!犬やネコやライオンやキリンや、あるいはクジラや熱帯魚や、そうでなきゃ松やシクラメンに産まれたってよかったんだ。だけど幸か不幸かこんなふうになっちゃってるんだ。とことん生存ということに受身になって、だだをコネれば、そういうように言えるところがあります。それは吉本に影響を受けた芹沢俊介イノセンスと名づけた、いわば産まれてきたことへの幼児の抗議のようなものです。もしも生きて、苦しくてしょうがない状態にあるなら、なにをすべきか、なにをすべきと命じられているか、という狭苦しい精神の場所から脱落して、とことん受身のイノセンスに、イノセンスというのは無垢ということで、つまり赤ちゃんっぽい、幼児性ということですが、そこに落っこちるほうがいいかもしれません。少なくとも自殺したり、秋葉原で誰でもいいからめった刺しにするよりは。そこに落っこちることは、恥ずかしい、自分がとうに克服したはずの、とことん受身の、おむつをして、お母さんがいないとわーわー泣いて、何もできないで指をしゃぶってウバウバ言ってる赤ちゃんに戻ることです。それは精神障害や引きこもりの場所でもあると思います。しかしきっと、人間がほんとに苦しい時、どうにもこうにもならない時、殺したり自分を殺したりしないで済ましたいなら、落っこちるしかないんじゃないでしょうか。そして落っこちて溺れようとしても溺れられない。精神障害だの引きこもりだの、あるいは変人だの根性なしだの、落ちこぼれだの可哀相なヒトなどと言われながら水に浮いて生きていくわけです。でも、死ぬより殺すよりそのほうがいい。
そこまで人生イロイロだと認めて、そこまでオッケーだとして、ケツの穴をおっ広げて、そしてなお「何かを為さなくてはならない」んだとしたら、それはなんでしょうか。そこはヒトそれぞれです。面々のお計らいだと思います。吉本はどうしたかったんでしょうか。私の推測では、とことん受身で落っこちたその生命の生存のところから、人間の精神そのものの起源と全体を定義したかったんだと思います。科学として把握したかったんだと思うんです。また人間の精神が人間の社会、世界を生んだんだという意味では、社会や世界を定義したかったんだと思います。そしてほんとに見事にやり通してきたと思います。宇宙の闇は深く、吉本の有限の生もまもなく終わる。私たちの生がいずれ終わるように。しかし吉本は宇宙の闇に向かって開くような切れ目をこのせちがらい人間世界の中に切り裂き、私たちはその切れ目から闇から吹く風を感じることができます。それは元気をくれるものです。