2014-02-22から1日間の記事一覧

誕生したとき、すでにある時代の、ある環境のなかにあつた、という任意性は、内省的な意識からは、どうすることもできないし、また意味づけることができないものである。わたしのかんがえでは、さまざまなニュアンスをもつた「存在」論の根拠は、つづめてみれば、かれ自身にどんな意志もないにもかかわらず、そこに「在つた」という初原性に発している。(過去についての自註)

私たちは生まれてこようとして生まれたわけではない。親子喧嘩で「誰が育てたと思ってるんだ!」とか言われて「産んでくれと頼んだおぼえはねえ」みたいなことを言いかえしたことのある人はたくさんいると思います。私も言ったことがある。そうするとたいが…

しかし、「存在」論が、現在、ある時代的な意味をもつて主張されるのは、生まれたり死んだりする「個」そのものが、現代では、あまりに自己自身からも、「自然」からも、みじめに遠ざけられているからである。(過去についての自註)

この部分に書いてあることとは別に、吉本は「個」が生み出され、それが時代とか社会とかに異和を抱くのは、時代や社会のせいだけではなく、一個の生命である「個」がもつ本質かもしれないということを書いていたと思います。まわりの世界すべてに異和を抱き…